で、誰と喋りたいか
プライベートレッスンでは、対話型で英語を磨く。
外国人講師とのマンツーマンのレッスンだ。
最初はわからず、ただ、座って、促されるまま喋った。
途中で、何か、話題が必要だと感じ出した。
そこで、今、自分が困ってることとか、今日起きた出来事をネタとして準備した。
さりげないものだった。
ランチに困ってる、とか、パーキングに困ってる、とか。
そこから話題を広げた。
でも・・・
人と人が会って喋るというのに、本当に、その人との話題が、ランチやパーキングでいいのか。
そう感じはじめた。
講師というけど、人間だ。感情も信念も思考もある。
そういう人間に対し、「ランチ何食べてるの?」的、どーでもいい会話でいいのか。
その違和感に気づき始めた。
その人との喋りたいテーマがあるはずだ、と感じた。
そこで、「この人にはこの話がしてみたい」と話題を「人」にフォーカスした。
ファンキーでノリノリの外国人講師には、女子トークみたいな話題にした。
修行僧のような精神の乱れない講師には、人生観や、恋愛観、を聞いた。
そしてわかった。
英語を学ぼうとしてるけど、誰と理解し合いたくて学んでるのか。
もし外国に行ったらとか、もし外国人と出会った時にとか考えがちだ。
違う。
講師こそが外国人で、今、ここにいる未知なる存在だ。
その人物と深く関り理解することなく、いったい誰と出会おうとしているのか。
幻の、将来出会うかもしれない外国人をイメージしながら、
今、現実に目の前にいる外国人を人として見ない英会話学校。
大きな落とし穴に気づいた。
人と人が出会い、語る以上、その人物が魅力的じゃなきゃいけない。
その外国人が魅力的だから、その人物と語りたいのであり、話題を共有したい。
私はまた、次なる殻を破った気がする。
なぜ英語を学ぶか。
目の前にいる素敵な人物をもっと深く知りたいから、その人の言語を学ぶのだ。