自己を知って驚愕する

人は考えていることを言葉として口に出す。
同時に、口に出した言葉で、自分が何を考えているのか知ることもある。
口先行で、自己を知る、だ。

かつて上岡龍太郎さんも同じことを言っていた。
「自分の喋りを自分の耳で聞き、ああ、僕はそう考えていたのか、と、知ることがある」
ナラティブ、という、自己の物語りを語ることで、自己を再認識して癒されていく行為がある。
語る、ということは、大事なのだ。
なんとなく自分って、こういう人間だろうなぁ、だけじゃなく、言葉にする。
すると、その言葉に、自分が教えられることがある。

英会話レッスンが、意外にも、その「語り」になった。
なんのために英語を習うのかその目的は?という問いに、私はテキトーにこう答えた。

「生きてる限り、習います。将来、自分がどれだけペラペラになってるのか、私が見てみたい」


そして、驚いた。
その通りだ! 私はそんなことを考えていたのか・・・。
テキトーに喋ったつもりが、実は、自分が考えていたことに自分が出会えた。

私はまだ、私の将来に期待しているのだ。
どんな自分になるんだろう、と。
そんな発想はとっくに終わったと思っていた。
自分にはまだ見てみたい将来がある。
私は、まだ未完成なのである。

みなさん、見ててください。
とんでもないオバーチャンになりますから。

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