仕事と忙しさを暴く

夫が「仕事で忙しくて」と言い、妻はウツで子に手をかけた事件。
今朝の朝日新聞だ。
私は確信を持つ。
「仕事」は絶対的正義で圧倒的な免罪符だ。
だって、生きるためだもの。
それがまかり通る。目の前で家族が危機でも。
正義の名の無視があり、忙しさが免罪してくれる。
なんも、考えなくて、済む。
子の命より優先されるのが仕事で、妻の崩壊からも免罪される。


おかしくないか・・。


生きることが、すべての生きる目的でいいのだろうか。
ならば、胃ろうとチューブで生かし続けるのも、是とされる。
それでいいのか・・・。

私たちは、生きることが目的で生きているのではない。
生きることは手段であって、目的じゃない。
生きて、それで、 何がしたいのか?
おまえがこの世に生まれ出た本当の目的はなんだ。
それを考えるのを忌避する人が、「仕事」をし、「忙しさ」に身をゆだねる。
その途端、思考停止で40年過ぎる。
やがて、仕事も忙しさも消える。
そして、「うそ」と目が点になる。
ハトと同列の生き物になる。

仕事を声高に言うものではない。
忙しい、に、身を委ねてはいけない。
なんも、考えてません、ということなのだから。

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