喋れ。喋れ。

これだけラインでの会話が普通になった今。
私がイチオシしたいのは、長電話、だ。
アナログな交流方法だけど、イチオシだ。
昨夜、ゼミ仲間の友人と2時間喋った。
それはもう、機関銃のように。
ゼミ生だけあって、当然、向こうも喋りスピードはマシンガンだ。
すると、一般的な2時間とは違い、膨大な情報量のやり取りになる。
喋り終わり、脳みそに微量の朦朧が舞い降りた時が、電話の切り時だ。

我々が喋った言語を文字化したら、数百ページに及ぶ。
これはとうていラインでは不可能。
そして、私が日常で、とりわけ家族に「だからぁ##」といら立つ通じなさじゃなく、
イチ言えば10が通じる理解力。
会話、とは、ファイティングゲームみたいなもんだ。
同じ力量の相手じゃないと話にならない。

兄夫婦と会話した。
「だから、さっきも言うたやろ」
「最初に言うたやんっ」
「質問の意味がわからん」
「高次機能障害じゃない。高次脳機能障害や。だから、脳、が抜けてるっ」
「何回もさっきから同じ説明してるやろっ」

全部私の言葉だ。
これを、会話、というのだろうか。
会話とは、キャッチボールができ、相手の言語が理解でき、ひとつのテーマに基づく。
家族がいれば、友達がいれば成り立つものじゃなく、
同じ力量、同じ理解力、それらがある時の情報交換は一般的会話の比ではない。

喋れ。喋れ。同じスピード、同じ言葉数を持った人間と喋れ。
マラソンを走り切った後の爽快感を得れるだろう。
マラソン知らんけど。

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