労働の意味④
成功に向けて走っている時、ワクワクする。
共に応援する者も、成功を夢見てワクワクする。
ここで、結果としての「成功」は、あまり意味を持たない。
「成功に向けて走る」そのこと自体が喜びなんだと思う。
実際、成功したか否か、は、たいして重要じゃないような気がするのだ。
いったい、労働者の何人が、社長になれ、受賞でき、スターになれるというのか。
金メダリストのみが成功者か。
メダリストだけがその過程が喜びか。
きっと違う。
メダルを目指して努力している時、応援してる時、その時が、喜びだ。
すべての、成功を目指す者とその周縁者が、喜びを享受できるのだ。
そもそも、未来永劫継続する成功ってあるのだろうか。
成功とは期間限定のお祭りのようなもんじゃないか。
60年前の東京オリンピックの水泳選手、木原光知子さんが私に言った。
「メダリストたちのその後を知ってるか。メダルをとっても、その後の人生は、田舎に帰って水泳コーチだ。」
だから自分は起業した、という。
社長も期間限定。宝塚トップスターも期間限定。ノーベル賞もその一年はもてはやされる。
幸福な労働、という意味において、
成功は、そこに向かって走ることに意味があり、成功、そのものにはあまり意味はない。
となると、手の届かないとてつもない成功を夢みたほうが、長く幸福だ、ともいえる。
そこに応援者がつくかどうか、別として・・。
では、自分の成功目標をどう設定するか・・。
次回に続く。