佐藤二朗さんのケースを読む

あるよ。あるある。
そう感じた記事が、俳優佐藤二朗さんのハラスメント記事だ。
共演者のNG規定など、たくさんある。
その中で、その要求を守りながら、何事もないかのように仕事する。

佐藤さんのマネージャーの判断で、共演者の要求を佐藤さんの耳に入れなかった・・。
あるよ。あるある。
マネージャーという私の代理、という人間が勝手にそう判断した結果、大事件。
何度もあった。
そして辛抱たまらなくなった側が、相手の楽屋に怒鳴り込む。
あるよ。あったよ。
楽屋では、誰かの罵声を聞くことなど、昔からあった。

じゃあなぜ今回のような大事件になったか。
それは、ハラスメントをなくしましょう、という時代性にある。
事件を公にし、第三者の専門家にそれがハラスメントかどうか判断を仰ぎ、それに従う。
それが組織の自衛手段だ。
だが、公にされたら、次に待つのは、世間の理解、だ。
世間に理解できるか?
被害女性の「これが嫌なんです」という感覚が、他人に理解できる?
自分の楽屋に男性が来て、話し合い、という前提のもと、いろいろ意見される。
その恐怖心、理解できる?

理解できなきゃ、その女優を叩きたくなるよね。

佐藤さんしかり。理解できないから意見しに楽屋行ったんだよね。
この事件の大元には、私はパワハラじゃなく、忖度、に、問題があると思う。
一斉通告すべき拒絶事項が、佐藤さんの耳にだけ入ってなかった。
「演技の妨げになる」という理由からだそうだが、
何ゆーてんねん、だ。
一斉通告なら、佐藤さんの耳にも入れろよ。
面倒臭いな、と思いながらも、俳優ならそれを守ったと思う。
女優の心理を理解できずとも、佐藤さんレベルのプロなら、たやすいことだったと思う。

これは、パワハラ問題じゃない。
日本にはびこる、忖度問題、だ。

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