肉体が語る

最近、ちょっと物悲しい姿をよく見かける。
ジムで、あきらかにご高齢の女性たちが金髪もしくはレッドヘアだ。
ファッションはヒップホップ系。

・・・私と近い・・・

ただ、何が悲しいって、チョー若者系ファッションだけど、
背中が曲がってる・・。
肉体は、服では隠せない。
ラッピングだけ変えたら、なりたい自分になれるのか。
そんな根源的な問いが脳裏によぎる。

仮にそこにホンモノのヒップホップダンサーがいたとしよう。
そしてユニクロのシャツとパンツを着ていたとしよう。
でも、わかる。
姿、たたずまい、動き、姿勢。
すべてが彼はダンサーだと語ってる。

隠しても隠しても中からこぼれ出る肉体のありよう。
それが素敵だと思う。
同様、着飾っても着飾っても中からバレる肉体のありよう。
チョー物悲しい。
結局、肉体なんだ。
服じゃなく、肉体が何かを物語って、そこに居る。

我は〇〇なり・・・。

毎日のなんらかのトレーニングのみが、その人の肉体を作り上げる。
肩書を言葉で喋る前に、いつも常にやかましいほど喋ってるのが、肉体だ。
マシントレーニングをする私の横を生徒たちが通り過ぎる。
なぜ、誰が生徒で、誰が先生だとわかるか。歩いてるだけなのに。
肉体が、「我はダンサーなり」と語ってる。


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