久米さんと上岡さん
久米宏さんの追悼番組で、ニュースステーションを見ていて思った。
懐かしい。
視聴者としてではなく、このスタジオの危うさ、緊迫感、どーなっていくの?という不安感。
この感覚に強い親和性があった。それは・・
上岡龍太郎さんのスタジオの空気と同じやん。
トークスピードの速さ、お馴染みの着地というのを忌避する展開。
そうか。これは個性を超えて、時代性だったのか。
久米さんがスタジオの政治家相手に無礼とも思える質問をする。
政治家は怒りを隠さない。
こういう空気感を上岡さんのアシスタントとして感じてきた。
「どーなるのだろう」という緊迫感が視聴率を取る、と、上岡さんは言った。
久米さんも上岡さんも戦略が似ていた。
時代もそれを許した。
今は・・
緊迫感や不安感をもたらすと、とても迷惑がられる時代だ。
使っていて安心なタレント。そつなくこなせるタレント。
が求められる時代になった。
で、数字を取れという。
挑戦するな。騒動を起こすな。そして、自己実現しろ。という矛盾。
過激にSNSで暴れるキャラクターが人気を得るのは、当然だ。