なぜ桜を見るのか

花見に雨だ。
そもそもそれほど満開感はなく、寂しい咲き方だった。
変らぬ賑やかさは、屋台が並ぶ光景だ。
小学生の頃、父に連れられ、屋台でサザエを食べ帰宅後、腹を壊した。
両親の口論を今でも覚えている。

思えば、人の楽しみとは、子供時代の学習ではないか。
温泉しかり。
親に連れられて行った記憶が、私の背中を温泉に押すのだ。
花見同様。
花にあまり関心のない私がノコノコ出向くのは、子供時代の記憶がそうさせる。



「これを遊びというのだ」


そう親から教わるのだ。
阪神タイガースの熱狂的ファンもそのはず。
親に連れられて、焼きそばと観戦があったはず。

今朝も屋台の前を吟味しながら歩く。
桜なんか眼中にない。
ひたすら、「何を食べようか」と、一件一件、吟味してる。
屋台のお兄ちゃんも、懸命に声かける。
決めた。
綿菓子と、窯焼きピザと、オムそば。そして、おでん。
立派に楽しめるようになった姿を父に見せたい。

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